ビジネスコミュニケーションの新しい形として注目されているコーチングは、仕事の場であれば、部下や社員のパフォーマンス向上が目的となります。その際、コーチングが果たす最も大きな役割は、部下や社員のモチベーションを向上することにあります。
コーチングの基本となる「聴く」、「質問する」といった基本スキルを繰り返していけば、クライアントとの会話をコーチングらしきものにすることは可能です。もともと話術に長けた人であれば、会話の中でクライアントに何らかの行動を起こさせるように誘導することはたやすいでしょう。
しかし、もしそれが誘導尋問になっていたとすると、真のモチベーションを伴った行動にはつながらず、パフォーマンスの向上といった成果も得られません。では、真のモチベーションを伴う主体的な行動につなげるコーチングを行うにはどうすれば良いのでしょうか。
1.何でも話せる環境をつくる
コーチングを効果あるものとするためには、コーチとクライアントとの間に安心して何でも話せる雰囲気や環境が整っている必要があります。コーチに対する安心感や信頼感なしには実現出来ません。そのためには、しっかりと耳を傾けてじっくりと「聴く」ことが大切です。
決してクライアントの話をさえぎってはいけません。むしろ必要に応じて「沈黙」し、クライアントにじっくり考える時間を与えて、答えを引き出していくことが必要です。
また、クライアントの言葉に対しては、評価や判断をせずに聴くことが必要です。自分の言葉が評価や判断の対象となると知ると、クライアントは話す言葉を選ぼうとするでしょう。そうなると、「安心して何でも話せる雰囲気」は損なわれてしまいます。
コーチングを行う場の物理的な環境も、心理的な影響を与えます。コーチとクライアントとがデスクを挟んで対面するよりも、ハの字形に座った方が安心感が高まります。
2.「聴く」のレベルを高める
「聴く」ことはコーチングの基本スキルです。誰もが日常的に行なっているので簡単だと思われがちですが、コーチングで求められる「聴く」スキルは、訓練により身につけレベルアップしていくことが必要です。一般的に、「聴く」は情報収集のために行われる活動です。
例えば電車の車内放送を「聴く」、誰かにある場所への行き方を「聴く」(聞く)、必要な情報を得るために「聴く」(訊く)、といった「聴く」があります。そこでは正確性が求められますが、基本的には聴かれる側に対する配慮はほとんどなく、「安心して何でも話せる雰囲気」にはつながりません。
コーチングにおいては、クライアントとの共感を心がけながら「聴く」ことをしていきます。正確には、「共観」し「共感」します。コーチとクライアントとの一体感が醸成されるような耳の傾け方で「聴く」のです。そうすることによって、クライアントをより良くサポートするコーチングを展開していくことが出来ます。
熟練したコーチはさらに、クライアントが話す言葉以外のものを「聴く」スキルを身に付けています。態度、表情や言葉の調子から、クライアントが気にかけているものを察知して、質問を投げかけていきます。
具体的には、「何か心に引っかかることがあるようですね。それは何でしょう? 話してみてくれませんか?」といったアプローチがあり得ます。
話される言葉以外のものを「聴く」ことが出来れば、コーチに対する信頼感も高まります。それが出来て初めて、真のモチベーションに基づく行動を促すことが可能になるのです。
3.成功に焦点をあてる
コーチングが仕事の場面で使われるとなると、目標達成へ向けての問題解決をどうすれば良いかといったテーマが多くなるでしょう。そのような場合、会話の内容や焦点が物事のネガティブな面に偏りがちとなります。しかしそれではモチベーションは上がりません。
一方、「上手くいった時はどのような状態になりますか?」、「どうなれば成功したと言えますか?」といった質問は、モチベーションを高める上では適切です。過去の成功体験を語らせるのもよいでしょう。成功イメージを描かせるのは、コーチングにおいて欠かせません。
コーチングはコミュニケーションスキルの一つで、コミュニケーションは言語だけによるものではありません。表面的な言語を超えたコミュニケーションはコーチングにも求められ、それは極めて高度なものです。
企業に限らず、組織においてモチベーションが下がる原因の多くはコミュニケーション不足にあります。適切なコーチングのスキルを社内コミュニケーションの場に導入していくことは、モチベーションの向上に直結するのです。
(文責:森英樹)
上司がどのようにコミュニケーションを取るかによって、部下は有能にもなれば無能にもなります。部下の無能を嘆く上司は多いですが、実は上司のコミュニケーションの仕方に問題があるのです。コーチングによるコミュニケーションは、部下の能力を最大限に発揮することに大きく寄与します。
コーチングとは、「聴く」と「質問する」の2つのスキルを駆使して対象者自身の持つ答えを引き出していくコミュニケーションスキルです。コーチングは、経営者や社員のパフォーマンス向上のために極めて有効だと認識されるに至っていますが、実際の経営の現場ではどのように役立つのでしょうか。
コーチングのスキルを使ったコミュニケーションの事例を取り上げて、解説をしていきます。
●上司と部下との会話
事例1は、中小製造メーカで交わされる会話です。事例のため、やや誇張したシチュエーションとなっていますが、あなたの企業でもありがちな会話ではないでしょうか。
▼事例1 上司と部下とのありがちな会話
上 司: ○○くん、ちょっと来てくれないか。
部 下: はい。
上 司: 例の、△△工業さんへ納める部品、納期に間に合いそうかな?
部 下: いやぁ、どうでしょう・・・。
上 司: どうでしょう、じゃないよ。どうなんだ?
部 下: いやぁ、ちょっと厳しいかと・・・。
上 司: それは困るなぁ。
部 下: はぁ・・。
上 司: どうするつもりなんだよ、前回も納期遅れでクレームもらったばかりだろう?
部 下: ですからそのぉ、いろいろとありまして・・・。
上 司: じゃぁ、すぐにでも工場長にラインを組み替えさせるとかしたらいいじゃないか。
部 下: はぁ、わかりました、そうします。
上 司: そうしますって、○○くん・・・まったく・・。もういい、俺が工場長に言うよ。仕事に戻りなさい。
部 下: はぁ・・・すみません。
この事例から窺えるのは、責任を持って仕事をするという姿勢が社員に身についていないということです。このようなダメ社員では経営者が腹を立てるのも無理もない、と思うかも知れません。しかし、もし経営者がコーチングのスキルを身に付けていたとすれば、事例2のようなコミュニケーションも可能なはずです。
▼事例2 コーチングスキルを使った上司と部下との会話
上 司: ○○くん、ちょっと来てくれないか。
部 下: はい。
上 司: 例の、△△工業さんへ納める部品、納期に間に合いそうかな?
部 下: いやぁ、どうでしょう・・・。
上 司: 難しいのかい? ・・・本当のところはどうなんだい?
部 下: 実はこのペースだと、とても間に合いそうにないんです。困りました。
上 司: そうか。困ったなぁ・・・。
部 下: ・・・。△△工業さんは前回も遅れたんで、やっぱりちょっとマズいですよねぇ。
上 司: 君はどうしたいと思っているんだい?
部 下: そうですねぇ・・・。工場長に言ってラインを組み替えてもらうとか・・。
上 司: そうすれば、いつ頃完了できるだろう?
部 下: ・・・。再来週の中頃でしょうかねぇ。
上 司: 再来週? 納期は来週中だったよなぁ。
部 下: ・・・。えぇ。
上 司: 何か別の方法は考えられないのかい?
部 下: いやぁ、今の作業のやり方だと、どうしても・・・。
上 司: そうか。今の作業のやり方にはどんな問題があるのかい?
部 下: 機械の調整にどうしても手間取るんです。結構、時間がかかるもので。
上 司: 時間を短くする方法としてはどんなことがあるだろう?
部 下: ・・・。調整用の治具を作ればだいぶ早くなるはずなんですけど。
上 司: どのくらい?
部 下: かなり早くなりますよ。
上 司: 納期に間に合うくらいか?
部 下: う~ん、今週中に治具ができれば、何とか間に合うかも知れません。
上 司: なるほど。今週中にその治具を作る方法というと?
部 下: ・・・。調整用の治具を作ればだいぶ早くなるはずなんですけど。
上 司: どのくらい?
部 下: かなり早くなりますよ。
上 司: 納期に間に合うくらいか?
部 下: そうですねぇ、多分、生産技術の人に頼めばすぐ作ってくれると・・・。
事例2から分かるように、この社員は本来、決してダメ社員ではないのです。事例1のような上司のコミュニケーションスタイルのため、能力発揮が妨げられてきたのです。事例1の上司は典型的な指示命令型で、しかも、かなり一方的です。
矢継ぎ早に責め立てられているため、部下の心はそこで閉ざされ、解決策を考えることを放棄してしまっています。
では、事例2からコーチングスキルを観察してみましょう。この事例の上司は部下に対して「聴く耳」を持って接しています。「本当のところはどうなんだい?」という質問で、部下に安心して話すことが出来るという感覚をもたらしています。
また、事例2での上司は、問題解決策の発見へ向けて、質問の後、沈黙を多用しています。意識的に部下自身の頭で考えさせているのです。時間はかかっても、部下は部下なりに回答を出しています。
事例1では、部下に考えさせることをせず、叱責に続いて「工場長にラインを組み替えさせる」という具体的な指示を与えています。しかし事例2からわかるように、それは解決策になっていません。本当の解決策になるかどうか、それは現場の人間が最も良く分かっているのです。
あなたの通常のコミュニケーションは、事例1と2のうち、どちらに近いでしょうか。ぜひ、事例2のやり方を実行してください。
(文責:森英樹)
コーチングによるコミュニケーションを導入すると、情報共有が進むだけでなく、主体的に仕事に取り組む部下の育成にも貢献します。「指示命令」のみによるのではなく、「質問」を通じてマネジメントしていくスタイルを根付かせていくと、組織の力は何倍にもなって発揮されていきます。
前回、コーチングというコミュニケーションスキルが注目されている理由について述べました。それは、環境変化の激しい時代にあって、現場の生の情報を正確に把握・共有することが重要となり、社内のコミュニケーション不足は致命傷となり得るからです。その処方箋がコーチングなのです。
しかしコーチングには、単純にコミュニケーションを改善するという以上の働きがあります。指示命令ではなく、質問によりコミュニケーションを組み立てるため、自ら考え、意欲的に行動する人材の育成にも効果的です。 人を育てるには、権限を委譲し、責任を持って仕事に取り組ませることが必要ですが、権限委譲もまた、コーチングを企業に導入する際の基本的なコンセプトとなります。
●権限委譲とコーチング
環境の変化が激しくなればなるほど、意思決定の迅速化が求められます。ピラミッド組織の下部から上部へいちいちお伺いを立てていたのでは、スピードで遅れをとり、ライバルとの競争に勝てません。そこで、現場への権限委譲が必要となってきます。
コーチングには、最も現場の情報を多く持つ者が自ら意思決定して行動するべき、という基本的な考え方があります。現場への権限委譲という時代の要請にマッチしているため、その方向を目指すには、コーチングを社内に導入することが賢い選択となります。
コーチングでは、上司からの指示・命令ではなく、質問により自ら考えさせることが行なわれます。言われたことを言われた通りにやるだけの社員へは、本当の権限委譲をすることはできません。権限委譲の対象となり得るのは、自らの頭で考え自発的行動をとることのできる社員で、その育成のためにコーチングは非常に効果的なのです。
●士気向上とコーチング
コーチングでは、相手に指示命令をするのではなく、質問により相手の中にあるものを引き出していきます。例えば、一つの業務課題に取り組むにあたっても、上からのあてがいぶちではなく、自ら課題を設定して、自らの創意工夫を生かして行動を起こすように促していきます。 人は誰かに無理やり押し付けられるのではなく、自らやると納得して決めた事柄に対しての方が、モチベーション(士気)が高まります。コーチングにはその仕組みが備わっていて、上手に運用することで、社員の士気はグングンと向上していくのです。
●能力発揮とコーチング
社員の能力発揮を促すために企業は色々な手を打ってきました。最近では、部門・部署別の独立採算制や成果主義といった施策が目立ちます。担当する部門・部署、あるいは個人の成果の多寡によって処遇に差をつけることを明示すれば、社員がやる気を出し能力も発揮されるだろうという前提に基づいたものです。 それらに効果がないとは言いませんが、いずれも組織やシステムを対象とした能力発揮促進策です。コーチングがそれらと異なるのは、社員個人に対する直接的なアプローチによって能力発揮を促そうとしている点です。
人材育成に関して最もよく見られる誤った認識は、人は教えられることによって育つというものでしょう。しかし社員が能力を向上させ、それを発揮するようになるためには、自分の頭で考えるというプロセスが不可欠です。教えるのは自分で考えるための前提条件に過ぎません。
コーチングではコーチ役からの質問により、対象者は自分の頭で考えることを促されて、さらにどのような行動をいつまでに起こすのか、自分で決めます。自分で決めるからモチベーションも高まるのです。考え行動するという一連の作業を促すことにより、能力向上とその発揮を促す仕組みが備わっているのがコーチングなのです。
前回は、主に「情報共有」の必要性の面から、コーチングに注目すべき理由を述べましたが、「権限委譲」「士気向上」「能力発揮」の面でも、コーチングには大きな効用があるというわけです。
もしあなたが経営者として今まで、指示命令を中心としたスタイルで社内コミュニケーションやマネジメントを行なってきたとしたら、「権限委譲」「士気向上」「能力発揮」といった面で、実はブレーキを踏んでいたと言えるかも知れません。 頭ごなしの指示命令をするのを控えて、まずは部下に「質問」することをしてみて下さい。
あなたが考えている以上に、部下はいろいろなことをよく考えているのがわかりますし、主体的に考えさせると、さまざまな良いアイデアを持っていることもわかるでしょう。
部下の表情が生き生きとしてきたら、あなたは立派にコーチ役を果たしていることになります。
(文責:森英樹)