相手の中にあるものを効果的に引き出すには、オープンクエスチョンとチャンクダウンのテクニックを使いこなしていく必要があります。そのためには、人間としての度量を磨くことが大切で、それがコーチングに臨む基本姿勢なのです。
コーチングの基本スキルである「質問する」を実践するにあたっては、「オープンクエスチョン」と「チャンクダウン」というテクニックを使うとよいでしょう。相手の中にあるものを引き出すコーチングでは、これら2つのテクニックが有効に働きます。
●オープンクエスチョン
日本語では「開いた質問」とも呼ばれ、単純に「はい」「いいえ」では答えられない質問のことを言います。この反対が、「クローズドクエスチョン(閉じた質問)」です。こちらは「はい」「いいえ」といった短い答えしか返って来ませんし、それ以外の答えがあるとしても、非常に幅が狭く限られてしまいます。相手の中にあるものを引き出すのであれば、オープンクエスチョンを使う方がはるかに効果的です。
オープンクエスチョンを使うと、相手からすれば、非常に自由度の高い回答をすることができます。そのため、話したいと思っていることを話させることができ、会話が発展していきます。しかしクローズドクエスチョンを使うと、非常に窮屈な会話となってしまうし、大切な情報を引き出すことができなくなります。
例えば部下との会話で、「何か問題がある?」と尋ねれば、部下はついつい「特にありません」と答えてしまいがちです。そうするのが、一番楽であり、頭を使わずに済むからです。
しかし、「今一番、問題と思っていることは何?」と質問してみるとどうなるでしょうか? 部下の頭の中の問題意識が呼び起こされて、自分で考えることが始まります。そして、回答の自由度が高いので、思いのたけを話すことができます。それだけたくさん、部下から引き出すことができるのです。
●チャンクダウン
オープンクエスチョンで相手の言葉を引き出すことに成功したら、さらにチャンクダウンにより、その内容を明らかにしていきます。「チャンク」とは「かたまり」のことで、チャンクダウンは、かたまりをほぐしていくことを意味します。それにより、相手の言ったことを、より具体的にしていくのです。
その際は、いわゆる「5W1H」を使った質問をしていくとよいでしょう。つまり、「いつ」「どこで」「誰が」「どうやって」「なぜ」といった言葉を使って尋ねていきます。これらも立派なオープンクエスチョンです。
例えば、先述の「問題と思っていること」について、チャンクダウンしていくと、本当に何が問題なのかを特定することができます。また、そのプロセスで、いろいろなことに気づくでしょう。
もしかしたら、問題だと感じていたものが実は問題でなかったと気づいたり、問題の真の原因がどこにあるかわかるかも知れません。さらに、なぜ問題と感じるのか、自分自身の考え方や価値観に気づく可能性もあります。いずれにしろ、チャンクダウンの質問により、多くのものが引き出されるのです。
チャンクダウンのテクニックは、目標設定の際にも非常に有効となります。どうなったら目標が達成されたことになるのか、そうなると、どのような利益を享受できるのか、目標を達成するには、何が必要であり、今自分は何をしなくてはならないのか、といったことが明らかになります。特に、目標達成のイメージをできる限り具体的に描くことは、それだけで達成の可能性は飛躍的に高まります。
●使いこなすために必要なこと
「オープンクエスチョン」と「チャンクダウン」は、会話上のテクニックではあるのですが、それらを使いこなすには、実は上司(コーチ)側の姿勢やマインドが非常に重要です。
例えば、コーチングの初心者で、オープンクエスチョンを使いこなすのに、非常に苦労するケースがあります。そのような人は、日常的にクローズドクエスチョンばかり使っています。なぜなら、「はい」「いいえ」で答えられる質問の方が、ある程度、答えが予想できるし、当たり障りがないため、相手に聞きやすいからです。
オープンクエスチョンを使うと、どんな答えが返ってくるか、わかりません。どんなことであれ、相手の言葉をしっかりと受け止めようという度量や姿勢が不足すると、質問がクローズドクエスチョンになってしまうのです。これは、まずは相手を認め、受け止めるというコーチングの基本姿勢とは対極のものです。
「チャンクダウン」については、相手の言葉に対する関心の度合いや、相手の言葉に対するイメージの描き方の巧拙、そして相手の中にあるものを引き出そうという姿勢の有無が反映されます。これもまた、人間としての度量が問われる場面です。
このように、コーチングが上達するには、言葉のテクニック以前の問題として、実は人間としての度量を磨くことが重要なのです。まずは職場で「オープンクエスチョン」や「チャンクダウン」を使いこなせるかどうか、意識して試してみるとよいでしょう。
コーチングにおける「質問する」のスキルは、仕事や日常生活で頻繁に行なわれる「質問」とは、やや異なるものです。コーチングの精神に則った質問は、相手の中にあるものを引き出し、意欲を高めていくのにも効果的です。
「認める」「聴く」に続くコーチングの基本スキルは「質問する」です。「認める」と「聴く」のスキルは、相手に安心して話させるためのものであり、それにより相手の中のものを引き出していく効果があります。
「質問する」スキルは、それらをさらに一歩進め、より多くのものを引き出すことを目指します。したがって、「認める」「聴く」の延長にあるものと考えるとよいでしょう。
コーチからの質問の投げかけを受けると、クライアントは自分の頭で考え、自ら答えを生み出していこうとすることになります。質問に答えるためには、まず自分で考えなくてはならず、考えるプロセスで頭の中が整理されていきます。これがコーチングの効果です。
効果的な質問は、相手の頭の中の漠然としていた考えをより具体的なものにしていくことに役立ち、視点を変えて新たな可能性を見出すことを助けます。また、質問によりゴール達成のための具体的手順を明らかにしていくため、行動を促すことにもつながります。
コーチングにおける「質問」は、日常生活や仕事で頻繁に行なわれる「質問」とは、やや意味合いが異なることに注意した方がよいでしょう。通常の「質問」は、自らが欲しい情報を得たり、疑問を解決するために行なうためのものです。つまり、質問者のための質問なのです。
しかしコーチングにおいては、質問はクライアント、すなわち質問される相手のために行なうのです。相手の頭の中にあるものを整理したり、具体化したり、新たな視点を持てるように助けることが目的なのです。
具体的には、例えば次のような質問が、コーチングにはふさわしいでしょう。
「理想の状態を100点だとすれば、今は何点だと思いますか?」
「どのような状態になれば、その問題が解決したと言えますか?」
「そのような状態を実現するために、まずすべきことは何ですか?」
「もし、今の自分にアドバイスをするとしたら、どのようなことを言ってあげたいですか?」
このような「質問」を行なうためには、相手の話をよく「聴く」ことが大前提となります。コーチングにおいて的確な「質問」は、相手と同じ気持ちを共有し、同じ視点に立つことから生まれてくるからです。
企業の中、特に上司・部下間でのやりとりでも、「質問」は頻繁に使われていることでしょう。しかし、「質問」をすれば、イコールそれがコーチングだということにはなりません。
上司から部下に質問をした場合に、よくある問題は、部下が答えを言う前に、上司がそれを言ってしまうことです。質問を投げかけたら、決して先回りして答えを言うようなことがあってはなりません。部下に自分で考えることを放棄させてしまうことになるからです。
考えをまとめて答えるには、相応の時間が必要です。ましてや、上司と比べて知識・経験に乏しいのです。上司としては、じっくと答えが出てくるのを待つ必要があります。
また、質問が「詰問」にならないように注意をすることも必要です。質問の仕方によっては、相手に大きな圧迫感を与えてしまうことになります。特に「なぜ」「どうして」という疑問詞を使う際は、要注意です。それらの単語には、出来なかったことを責める意味合いが非常に強いからです。
責められると人は防御的になり、話をしようとする意欲を失います。相手にたくさん話させることにより、相手の中のものを引き出していくことを目指すコーチングのあり方とは、正反対のものとなってしまうのです。
質問が「誘導尋問」にならないようにすることも、上司として十分に注意すべき点だと言えます。コーチングは、相手の自発的行動を促すコミュニケーションスキルです。上司に「言わされてしまった」というのでは、意味がありません。強制でも誘導でもなく、自ら本心で語ることができていなければ、それはコーチングではありません。
「質問する」こと自体は、仕事の中で、特に部下に対して頻繁に行なっていることだと思います。しかし多くの場合、その目的は上司・管理者・経営者として状況把握することであって、すなわち自分のための質問となっているのではないでしょうか。
前回までで学んだ「認める」「聴く」のスキルを十分に使いこなしながら、それらの延長として、部下からその中にあるものを引き出すという観点で「質問する」ことを、早速実践してみることをお奨めします。
上司の質問の仕方次第で、部下の仕事ぶりは大きく変わってくることを念頭に置いて下さい。次回は、「質問する」の具体的なテクニックについて解説します。