相手のモチベーションを高め、自発的な行動を促すには、「聴く」「質問する」といったスキルに加え、「リクエストする」スキルを用いることが効果的です。上手に使えば、行動へ向けての相手の意識を、一瞬にして高めることができるでしょう。
コーチングで具体的な成果が上がるのは、相手の行動が促されるからです。コーチは、相手の行動を促すための前提として、目標を明確にし、現状を把握するための質問を投げかけます。そしてさらに、目標達成へ向けて、どのような道筋をたどるのか、具体的にどのような行動を起こすのかを尋ねていくのです。
具体的な行動が決まったら、コーチは相手を励まし、ちょうど背中を押してあげるような感覚で、行動を促していきます。その際に効果的なのが、「リクエストする」スキルです。このスキルを上手に使いこなすことで、相手の行動に対する意識を瞬間的に高め、やる気を引き出すことができるのです。
リクエストするにあたり、具体的な言葉の表現としては、次のようなものが挙げられます。
「今週の金曜日までに、そのレポートを仕上げてください」
「来週の水曜日までに、20件の見込み客に電話をしてください」
文章だけを読むと上司からの指示・命令のように見えるかも知れませんが、これらの行動は元々、相手(部下)が考え、決めたものであるという点が、指示・命令とは大きく異なります。相手が考え、決めた行動を、コーチが念を押すように繰り返し、「○○してください」と明確に告げるのが、「リクエストする」ことです。
それにより、必ず実行しようという相手の決心を強めるのです。これは、相手の背中をポンと押すことをイメージすると理解しやすいでしょう。相手をサポートするコーチの務めとしては、欠かせない役割です。
※「リクエスト」と「指示・命令」との違い
●リクエスト・・・相手の意向が主体。拒絶する自由がある。意識を高めるのが目的。
●指示・命令・・・命令者の意向が主体。拒絶する自由はない。仕事の遂行が目的。
相手が行動することを、既に心に決めているのであれば、スムーズに「リクエストする」ことができます。しかしこのスキルの効果を強く実感するのは、相手が行動を迷っているような場合なのです。
やってみたい、あるいは、やらなければならないことはわかっているが、今一つ自信がない、といった時にポーンと背中を押すように「リクエストする」スキルを使うと、その迷いを払拭し、行動への決心がつくのです。
相手が口にした行動の内容を踏まえ、そのワンランク上の行動を「リクエストする」のも効果的です。相手の中にある無限の可能性を信じ、コーチとしての直感にしたがい、少し背伸びが必要と思われる行動を「リクエストする」のです。これにより、相手は、自分自身に対する新たな気づきを得、コーチからの強力な信頼と勇気づけを感じ取ることができるでしょう。
「リクエストする」にあたり、注意しなければならないのは、あくまでも相手の行きたい方向へと「背中を押す」ということです。したがって、このスキルを使う大前提として、相手の真の望み・欲求は何なのかを十分に聴き、引き出すことが大切です。
また、「リクエストする」際は、端的で簡潔かつストレートな表現で行動を求めることも重要です。「○○をしてみてはいかがですか」のような、腰の引けた表現では、リクエストの本来の効果を得られません。
力強くズバリと相手にリクエストするには、まずは相手との信頼関係が既に築かれていること、そして、コーチ側の自己基盤がしっかりと確立していることが不可欠です。こんなことを言ったら、拒絶されるのではないかという気持ちが強いと、的確に「リクエストする」ことはできません。
リクエストをしたら、相手の「はい、やります」という答えを確認し、後で行動の結果を報告してもらうことを、事前に伝えておくようにします。そして次回のセッションで、フォローアップするのです。
リクエストをしても、相手が同意をしないという場合もあります。特にワンランク上の行動をリクエストした場合に起こりがちでしょう。指示・命令ではないので、強要は厳禁だというのは基本です。
相手が同意しなかった場合、どこまでだったらできるのか、質問により確認すればよいのです。そして改めて、相手が確実に実行しようと考える行動を「リクエストする」のです。
さらに高等テクニックとしては、ワンランクどころか、とんでもなく高いレベルを「リクエストする」こともできます。リクエストされた相手がドキリとし、気持ちが引き締まる思いをするようであれば、十分に効果があったことになります。
また、一見、「とんでもなく高いレベル」のようでも、真剣に考えてみれば、決して不可能でないことに気づくこともあります。行動を促すこともコーチングの価値ある効果ですが、気づきを生むこともまた、コーチングのすばらしい価値なのです。
あなたの部下の持つ可能性は、あなた、そして部下本人が思っている以上のものなのです。それを信じ、「リクエストする」スキルを思い切って使ってみていただきたいと思います。
コーチングの基本的なスキルとしては「聴く」と「質問する」がよく知られていますが、コーチングに特徴的なスキルとして「フィードバックする」というスキルがあり、相手に「気づき」をもたらすのに非常に有効です。
コーチングでは、相手に自分で考えることを促し、相手の中にあるものを引き出していきます。そのことにより、時として非常に重要な「気づき」が生まれたりもするのです。「気づき」は、コーチングがもたらす重要な価値であり、それを効果的に生むことができるかが、コーチングの成果を左右します。
今まで学んで来た「認める」「聴く」「質問する」のスキルを駆使し、相手に存分に話させることにより、相手の中に「気づき」が生まれます。さらに別の角度から「気づき」をもたらす重要なスキルとして、「フィードバックする」というスキルがあります。
「フィードバックする」とは、コーチが相手から感じたものを伝えるスキルです。そのことにより、自分(相手)自身では見えていないことに意識が向き、その結果、「気づき」が生まれるのです。
相手に対するポジティブなフィードバックは励ましになります。また、ネガティブなフィードバックであっても、信頼関係をベースに正直に伝えることで、より深いコミュニケーションを図ることができるようにもなるのです。
「フィードバックする」のポイントは、相手の話を聴いて、感じたことを感じたまま伝えることです。また、相手が話していない感情や思いの部分を感じ取り、伝えることです。人間は時として、口にしていることと、実際に思っている内容とが食い違うものなので、それを感じたら、正直にそれを伝えることも、「フィードバックする」ことです。
コーチはクライアントにとって、鏡のような役割を果たすと考えると、わかりやすいかも知れないですね。自分に見えていないものを指摘してくれるからこそ、クライアントはコーチに価値を感じるのです。
上手に「フィードバックする」ことができるためには、前提として、「聴く」スキルをしっかりと身に付けておく必要があります。しっかりと「聴く」ことなしに、心の中に感じるものが生まれることはありません。
また、時には勇気が必要となります。こんなことを言ってしまってよいのだろうか、相手に失礼ではないだろうか、嫌われてしまうのではないか、相手を傷つけてしまうのではないか、といったことも心配になるでしょう。
そのあたりは注意が必要ですが、「認める」「聴く」をしっかりと行ない、信頼関係を築いておけば、「案ずるより生むがやすし」です。当然のことながら、相手に敬意や思いやりの気持ちを抱き、相手の感情を共有しておくことは不可欠です。コーチングが機能するための条件である「自己基盤」も、コーチとして確固たるものが求められます。
「フィードバックする」スキルの具体的な方法は、「Iメッセージ」を使うことです。私には、~のように「聞こえます」「見えます」「感じ取れます」「受け取れます」「伝わってきます」といった言葉の表現を用います。「私(I)には」で始めるから「Iメッセージ」という意味です。
例えば、次のような表現があります。
「君が本当にやりたいことは、別にあるように聞こえるのだが。」
「あなたが心から楽しんでいることが伝わってきますよ。」
「僕には、君がまだベストを尽くしていないように感じるよ。君はもっとできるはずだと思っているよ。」
「君が部下のことを心から大切にしているのが、伝わってくるよ。」
少しひねりを入れると、次のような表現も可能です。
「話を聴いていると、あまり自信がないように感じ取れるのだが、どうだろうか?」
コーチングでは、まず相手の話をしっかりと「聴く」ことが基本です。そのため、「フィードバックする」前に、次のような前置きをした方が、相手の心の準備もできるのでよいでしょう。
「聴いていて感じたことを伝えてもいいですか?」
このように「フィードバックする」スキルを使い、ズバリとあなたの感じたことを伝えることで、相手はさまざまなことに「気づく」はずです。自分では意識していなくても、相手に自分がどう見えているか(聞こえているか)がわかるし、自分自身が本当は何を感じているのかについて「気づく」こともあります。
ポジティブなフィードバックは、自尊心を高め、励ましにもなるでしょう。ネガティブなフィードバックも、ありのままの自分自身を知る機会となり、それが「気づき」となり、改善行動が促されるのです。
部下との会話で、ぜひ、あなたが感じたことを素直に伝えることをしてみてはどうでしょうか。そして反応を確かめてください。信頼関係に基づいて「フィードバックする」ことの効果を実感できるでしょう。