コーチングは「パフォーマンスを向上させるために対象者を勇気づけ、質問によって気付きを引き出し、本人の自発的行動を促進させるコミュニケーション技術」と定義されています。
「パフォーマンスを向上させる」ことが目的であるため、「将来どうなりたいのか」という観点で相手との対話を進めていくスタイルが基本となりますが、将来ではなく、「現在」に目を向けてみることも、「気付きを引き出す」ことにつながり、有益です。
また、「将来どうなりたいのか」すなわち「目標」の達成のためには、「今どのような状態にあるのか」すなわち「現状」と「目標」とのギャップを明らかにすることも必要です。
コーチングセッションを進めていく際は、「目標」について対話するのに伴い、「現状把握」もまた行ないます。そうすることで相手は、自分が目標達成に至る道のりのどこにいるのか、そして目標達成へ向けて自分を取り巻く環境がどのようなものか、正しく認識することができるのです。この認識を誤ると、的確で効率のよい目標達成への行動を起こすことが難しくなり、結果としてパフォーマンスも低下してしまいます。
「現状把握」にあたっては、「質問する」をはじめとするコーチングの基本スキルを駆使していくことになりますが、やはり大切なのは、既に学んだように、相手との間に安心感(ラポール)を築き、何でも話せる雰囲気をつくることです。正直かつ正確な「現状把握」が出来なければ、コーチングが土台から崩れると言ってもよいでしょう。
「現状把握」をしていく時の典型的な最初の質問は、「今はどのような状態ですか?」といったものになります。ラポールが築けていれば、安心してどんどん話していくでしょう。
もしその質問に答えが詰まるようであれば、「理想の状態を100点だとすれば、現在は何点くらいですか?」といった質問があります。これはコーチがよく使う質問なので、憶えておくと便利です。
この質問に対し、例えば「70点」と回答したら、「不足する30点は、どういう点ですか?」と尋ねてみます。すると「理想」とのギャップが明確になっていきます。漠然と何かが足りないと感じていたものが、これらの質問により、ピンポイントで問題点が特定されていくのです。問題点が特定されれば、解決のための行動を起こすことに直結します。「漠然と何かが足りない」まま放置しておくから、問題点はいつまでも解決しないのです。
問題点として認識している事柄がある場合は、「チャンクダウン(=細かくしていく)」の質問のスキルにより、何がどう問題なのかを具体的にしていく必要があります。
例えば「部下が職場の環境について不満を持っている」という問題点を認識している管理職をコーチングする場合は、「部下」とは誰のことなのか、「職場の環境」とは具体的に何を指すのか、あるいは「不満」は直接聞いたのか、それとも管理職としてそう思っているだけなのかを、質問により明らかにしていくことができるのです。
この際の質問の仕方は、決して相手を責めたり詰問したりするのではなく、一緒に冷静に考えてみようというスタンスで取り組むことが大切です。本音で正直なコミュニケーションこそが、重要であるのを忘れてはなりません。
自分自身が抱える問題を、コーチの助けによりチャンクダウン、すなわち具体的にしていくと、そのプロセスで客観的な視点を持つことができるので、それだけでも悩みは解消していくものです。そして、思い詰めるほどの大きな問題ではないことや、時には全く自分の思い込みであったことにも気づくことがあります。また、問題点の本質や根本原因をピンポイントで特定することができれば、上述のように、解決のための行動に結びつくのです。
何でも安心して話せるコミュニケーションがコーチングの身上であることを踏まえ、直接的には「パフォーマンスの向上」や「目標達成」に結びつかなくとも、部下の「愚痴」や「不満」を徹底的に聴くというスタイルの「現状把握」もあるのです。
一般的に、「愚痴」や「不満」を口にするのは好ましくないことと認識されていますが、「何でも話せる」コーチングにおいては、そのような制約はありません。「愚痴」や「不満」は、それをしっかりと聴いてあげるだけで、かなりの部分は解消するのです。
また、思いきり語らせることで、本人の中に「気づき」が生まれることも多いのです。他人を責める姿勢を改め、自分として何ができるかを考える機会にもなるでしょう。もっとも、このスタイルの「現状把握」をする場合は、コーチとなる上司の度量や自己基盤も問われるので、それは覚悟して取り組まなければなりません。
コーチングは相手の目標達成をサポートする仕組みである。だから、目標設定のないコーチングはあり得ない。目標を「ノルマ」ととらえるのではなく、その達成へのチャレンジは、胸の躍るすばらしい体験だと、ポジティブにとらえたい。
コーチングを活用する目的は、相手のパフォーマンスを高めていくことにある。そしてそれは、行動することよって達成される。とは言え、やみくもな行動ではパフォーマンス向上にはつながらない。前提として、目標を設定することが必要である。パフォーマンスが向上したかどうかは、すなわち、より高い目標を達成しているかどうかにより、測られる。
コーチングセッションで扱う「目標」には、クライアントが長期的に実現を図りたい状態であることもあれば、極めて短期間で設定するものもある。コーチングと「目標」とは、切っても切れない縁があるので、さまざまな場面で「目標」を話題にすることになる。
例えば、30分間の予定でコーチングセッションを始める際、コーチはクライアントに「このセッションを終える30分後には、何が決まっていたら良いと思いますか?」といった質問をする。30分という、極めて短い時間スパンだが、これもまた「目標」だ。コーチとクライアントがそれを共有することで、セッションは方向性を誤らずにスムーズに進む。3カ月の期間でセッション契約をする際でも、3カ月後の状態を目標設定するのが通常である。
クライアントが、何か実現したいテーマを持ってコーチとセッションを行なう場合は、目標設定が最初のうちの山場となるだろう。「実現したいテーマ」そのものは、まだ目標として漠然としたものであることが多い。
そのような場合、コーチは、オープンクエスチョンやチャンクダウンといった質問のスキルをフルに活用し、目標を明確かつ具体的なものにしていく。
例えばクライアントが、「もっと優秀な営業マンになりたい」というテーマを抱えてコーチを依頼したとする。コーチはまず、「優秀な営業マン」とはどのような人を指すのか、その定義を明確にする質問を投げかけるだろう。
そして「優秀な営業マン」を構成する要素を明らかにし、優先順位をつけ、いつまでにどのような状態になりたいのか、できれば数値等の客観的なものさしで表現する。客観的なものさしで表現するのは、達成の度合いを把握しやすく、進捗の度合いや達成感をはっきりと時間できるからだ。
また、コーチングでは、目標達成へ向けての意欲を喚起することも重要である。それが行動を促す原動力にもなる。そのために、五感を駆使して、目標を達成した時の体験を具体的に明確にイメージしていくような質問をする。
例えば、その目標を達成した時には「何が起きますか?」、「どのような光景が目に浮かびますか?」、「周囲からどんな反応があると思いますか?」、「どんな感覚がしていますか?」といった、視覚・聴覚・体感を通じて、未来の「成功体験」をイメージさせるのである。そうすることで、クライアントは目標をより身近なものと感じ、ぜひとも達成したいという意欲をもかき立てられる。
セッションによっては、目の前の問題を解決することがテーマとなるケースもあるだろう。その場合、いきなり「どうするか?」という行動を求めると、セッションが堂々巡りになることが多い。大局観を欠き、小手先の解決策に走りがちとなるからだ。
このような場合も、まずは目標設定をすることが重要である。つまり、「どうなれば問題が解決したことになるのか」あるいは「問題のない理想的な状態とは、どのようなものか」を質問により明らかにしていく。また、先述のように、目標達成の具体的なイメージを明確にしていく。
面白いもので、問題というネガティブなものに焦点を当てると、気持ちが暗くなり、前向きな取り組みができなくなる。逆に、問題が解決した状態というポジティブなものに焦点を当てると、気持ちは前向きになる。気持ちが前向きになれば、問題を解決するためのアイデアも出やすくなる。
極端な話、同じアイデアであっても、気持ちが暗くなっていると、「そんなことをやっても無理だ」と思ってしまいがちだが、気持ちが明るければ、「それをやれば問題を解決できるかも知れない」という思いがしてくるものだ。何事も「できる」と思わなければ、絶対に成し遂げることはできない。
「目標」はノルマではない。モチベーションの源泉なのである。コーチングでは、それを相手から引き出し、そして成果を生む行動へとつなげる。あなたの部下と、「目標」についての対話をしてみよう。ワクワクする気持ちがしてくるようなポジティブなイメージを描くことができれば、部下のパフォーマンスは向上するはずだ。