コーチングでは、「引き出す」という表現がよく使われます。クライアントの中にあるものをどんどん「引き出す」ことは、コーチングの醍醐味でもあるのです。自分ではそれができなくても、優れたコーチがいれば、驚くほどたくさんのものが引き出されます。
相手との間に安心感を築くことが、セッションを運営する前提となります。そうすることで、何でも話せる雰囲気を作り出すことができるからです。そうなったら次は、相手の中にあるものを引き出す作業に移ります。コーチングセッションのストラクチャーとしては、「発見モード」に入ることになります。
この「発見モード」では、「質問する」「フィードバックする」といったコーチングの基本スキルを駆使し、クライアントの中から様々なものを引き出していきます。
具体的には、クライアントはコーチからの質問を受け、自分で考え、答えを出していきます。そうやって、クライアントの中にあるものがどんどんと引き出されていくのです。また、クライアントは自分自身が出した答えを自分の耳で聞くので、それにより「気づき」が起きたりもします。
また、コーチからの的確なフィードバックは、クライアントの「気づき」につながります。「気づき」もまた、クライアントの中から引き出されるものなのです。
コーチの技量を量る一つの基準は、クライアントからどれだけたくさんのものを引き出せたか、ということです。特に、クライアントが普段は意識もしていないような内容のものを引き出すことができれば、それは「宝」を発掘するのにも等しい価値があります。
上司と部下の関係でいえば、その「宝」こそ「気づき」であり、それが部下の行動を変革していきます。押し付けられるのではなく、自ら気づくからこそ、それだけの価値が生まれるのです。上司は「気づき」と共に、「やる気」をも引き出す立場にあります。
職場でコーチングを用い、上司が部下から「引き出す」にあたっては、主に次の3つの角度を押さえておくとよいでしょう。
(1)将来:目標を設定する(目標設定)
(2)現在:現状を把握する(現状把握)
(3)目標達成方法を見つける(プロセス設定)
問題点の解決をテーマとするのであれば、上記の順番を入れ替えて、
(1)現在:現状を把握する(現状把握)
(2)将来:目標を設定する(目標設定)
(3)目標達成方法を見つける(プロセス設定)
の順にすると良いでしょう。この場合の「目標」は、問題が解決した状態を指します。また、現状把握にあたっては、原因分析を掘り下げていく必要もあります。
先述のように、相手から「引き出す」ためには「質問する」スキルを巧みに使っていく必要があります。大きく分けると、水平方向への質問と垂直方向への質問があります。水平方向への質問(水平質問)は、ある質問の答えに対し、「他にはどのようなものがありますか?」というように、選択肢やイメージを広げていくような質問です。
例えば営業担当者を対象にコーチングセッションをするのでしたら、「売上をもっと増やすにはどうすればよいか?」といった質問が考えられますが、たいていの場合、あえて質問されて考えなくても、営業担当者なら既にいくつかの答えを持っているものです。
それらを引き出すことももちろん必要なのですが、それではコーチングの価値が高いとは言えません。なぜなら、コーチがいなくても自分で引き出すことができてしまうからです。
ですから、既に持っている答えが一通り引き出されたら、さらに「他の方法は?」と水平質問をしてみると効果的です。その質問により、今まで思いつかなかったアイデアが、文字通り「宝」のように引き出される可能性があります。「引き出す」というより、「掘り出す」と表現した方がふさわしいかも知れません。
人は基本的に、考えるにあたっては「怠け者」なのです。だから、自分一人で自分の中のものを引き出すには限界があります。コーチという存在があってこそ、真剣に引き出すことに向き合い、そして実際にアイデアがわいてくるのです。
垂直方向への質問(垂直質問)は、水平質問によって引き出された答えについて、焦点を絞って具体的に掘り下げていくような質問です。
例えば上述の「売上をもっと増やす方法」で有望なものが挙がったら、それを具体的に実行するために、細部を詰めていくような質問があり得ます。施策を具体的にするには何が必要なのか、いつ行なうのか、誰が行なうのか、どうなれば成功だと言えるのか等々、今後の行動や状態のイメージを鮮明に描けるように質問を繰り出していきます。
水平質問・垂直質問を使いこなすことで、クライアントからアイデアが引き出されると共に、さまざまな「気づき」も生まれます。まさにコーチングの醍醐味を感じる場面です。「引き出す」ことを意識して、水平質問と垂直質問を、早速、職場で実践してみましょう。
あなたが部下とコーチングセッションをするとしたら、いきなり質問攻めにすることは避けるべきです。その事前段階として、相手との間に安心感を築くことが必要だからです。
人は、聞き手に安心感を持つ(不安がない)と、本音で「話す」ことができます。クライアントがコーチに対して安心感を持っていれば、クライアントは、本音=本当のことを話しやすくなり、コーチはクライアントからよりたくさん引き出すことができるのです。
このクライアントのコーチに対する安心感や解放感、信頼を「ラポール」といい、コーチングがより機能するのに必要な要素となります。そして、クライアントに、コーチに対して「ラポール」を抱かせることを「ラポールを築く」と表現します。それが、セッションをスタートした最初の段階で行なうべきこととなるのです。
「ラポール」を築くには、コーチングの基本スキルのうち、「認める」「聴く」ことをしっかり行なうのが基本です。十分に認め、聴いてもらえるから、安心して話そうという気になるのです。
安心して話せる環境づくりを考えるには、あなた自身の「安心して話せた」という経験を思い起こしてみるとよいでしょう。その時にはどんな条件・環境がそろっていたかを考えてみるのです。
逆に、あなたの部下は、あなたに対して安心して話すことができているかどうかを考えてみることも大切です。建前でなく、本音のコミュニケーションがどこまで出来ているでしょうか。あなたの表情や態度、言動などが影響しているはずです。
部下に安心して話してもらうために、改善すべき点はないか、素直に反省してみることも、上手にラポールを築けるようになるために不可欠です。いくつか改善すべき点が思いつくのではないでしょうか。
例えば、セッションをする際の物理的な位置関係も、心理的に大きな影響を与えます。机をはさんで正面から相手と相対するのは、どうしても緊張感を生みがちです。90度の角度で「ハの字」形に、寄り添うような感じの位置関係の方が、ずっと安心できるでしょう。
「認める」「聴く」といったスキルを使う前提の問題として、「安心」や「信頼」といったものを確実に損ねる要因があることに留意してください。それは、相手が話したことについての守秘義務を守るという点です。
信頼関係をぶち壊す最も簡単な方法は、秘密を守らないことなのです。どの世界でも、口の軽い、秘密を守れない人間は信用されることはありません。
上司・部下として行なうセッションのテーマは仕事関連のものが中心となりますが、「聴く」「質問する」といったスキルを使っていくと、相手の個人的なプライバシーに関わる問題へも話が発展していくことは、しばしばあるものです。
本音のコミュニケーションという点では、いくら仕事のためのセッションとは言え、むしろその方が望ましいのです。しかし、このプライバシーに関わる問題が、自分の同僚などにぺらぺらと話されてはたまりません。
また、物理的環境という点でも、プライバシーを確保することは重要です。あなた自身は守秘義務を守る気持ちがあるとしても、部下との会話が周囲の社員に聞こえてしまう状況では、全く意味がありません。周りに聞かれることが気になれば、本音で話すどころのさわぎではないのです。セッションのための会議室などの確保は必要です。
もう一つ、ラポールを築くのに大切な原則があります。それは、あなたもあなた自身についてのことを話すことです。相手にしてみれば、一方的に質問攻めされるのは居心地が悪いものです。
人間の心理には「返報性の原則」があって、あなたが自分のことを話せば、相手も自分のことを話そうという気持ちを生みます。特に部下との会話では、自分の若い頃の失敗経験などを話すことが、相手の気持ちをリラックスさせ、コミュニケーションを促進することになるでしょう。
あなたの体験や考え、思い等を「自己開示」することで、部下はあなたのことを理解したり、共感を感じたりします。このこともまた、ラポールを築くのに不可欠なのです。
このように、安心感を築くためには、いくつもの留意点があるのですが、コーチは相手にとって100%味方であるとするコーチングマインドが土台として非常に重要です。コーチングマインドを発揮することを考えれば、何をするべきか、おのずから明らかになってくるでしょう。
部下が自分に対して、安心して話せるような状態になっているかどうか、今すぐチェックしてみて下さい。やる気になれば、すぐに改善できます。それによる部下の変化にも、驚かされることでしょう。
コーチングの基本スキルを習得したら、次は一連の「セッション」を組み立てていくことを学びます。十分な信頼関係を構築した上で、相手の中にあるものを引き出し、最後は具体的な行動に結びつけます。それにより、成果を上げていくのです。
前回まででコーチングの基本スキルについて、一通りの説明をしてきました。それらの基本スキルを使いこなせるようになれば、職場でのコミュニケーションは、大幅に改善されるでしょう。とは言え、個々のスキルだけではまだ、本来のコーチングとは呼べません。
例えばプロのコーチの場合、「セッション」と呼ばれる一連の対話(通常は30分~1時間程度)を定期的に行ない、クライアントの目標達成をサポートしていきます。
セッションの中で、個々のコーチングスキルを駆使していくのですが、大切なのは一つ一つのセッションの会話の流れをしっかりと組み立て、そこからクライアントが最大限の成果を得られるように運営することです。
ゴルフに例えて言えば、基本スキルの習得は、ティーショットやアプローチショット、パッティングなどの技術を個別に練習することに過ぎません。それらの技術を駆使して、実際にコースを回ってみてはじめて、ゴルフになるのです。コーチングも同様で、基本スキルを使いこなし、数十分にわたるクライアントとの一連の対話を組み立てることをしてはじめて、「コーチング」なのです。
セッションの組み立てのことを、銀座コーチングスクールでは「ストラクチャー」と呼んでいます。ストラクチャー(Structure)とは、英語で「構造」という意味で、ここではコーチングの仕組み、仕掛け、プロセスのことを指します。
セッションは「ラポール」・「発見」・「行動」の3つのモードで構成されます。「ラポール」とは、コーチとクライアントとの間の信頼関係を指し、コーチングが機能するのに不可欠な要素となります。基本的には「ラポール」→「発見」→「行動」の順番でセッションを進めて、それがセッションの組み立て、すなわちストラクチャーとなります。
もちろん、実際のセッションでは、各モードを行きつ戻りつすることもありますが、セッションを組み立てるガイドラインとして意識しておくことで、クライアントの「気づき」と「行動」を促すというコーチングの価値を実現するのです。
最初に「ラポール」を築くのが大切なのは、相手の中にあるものを引き出す環境を整備することが必要だからです。何でも自由に話せる雰囲気づくりがなければ、十分なコミュニケーションはできるものではありません。
「ラポール」を築くことができたら、次は「発見モード」へと進みます。文字通り、様々な質問を通じて、現状把握や目標設定、目標へ至るまでの筋道などをクライアントの中にあるものを「発見」し、引き出していきます。セッションでは中心となる部分であり、さまざまなアイデアや「気づき」が生まれる時間です。
「発見」モードで十分に引き出し、「気づき」を得たら、最後は「行動」モードへと移ります。ここは具体的な行動をクライアントがコミットする場面です。
クライアントが行動を起こすことが、コーチングの端的な効果であり、この部分がないと、セッションは「画竜点睛を欠く」こととなります。実際のセッションでは、クライアントがいつまでに何をするのかを明確に宣言し、コーチは、前回学んだ「リクエストする」スキルを用いて、ポンと背中を押す感じになります。そして次の回のセッションでは、その行動内容を実行したのかどうか、実行してどうなったのか、といったテーマで開始することになります。
これら「ラポール」・「発見」・「行動」のそれぞれのモードで、コーチングの基本スキルを生かしていきます。例えば「ラポール」モードでは、「認める」「聴く」といったスキルを十分に使うことで、相手の心を開き、互いの信頼関係、すなわちラポールを築くことができるのです。
「発見」モードでも、もちろん、「認める」「聴く」のスキルを使いつつ、さらに「質問する」スキルで相手の中にあるものを引き出し、発見していきます。効果的に「フィードバックする」スキルを用いることで、さらなる「気づき」をもたらすこともできるのです。
「行動」モードでは、先述のとおり、力強く「リクエストする」スキルを使うことになります。コーチはクライアントの行動を後押しし、行動は成果を生むのです。
基本スキルを駆使し、セッションを組み立てていくとは、以上のようなことです。イメージはつかんでいただけたでしょうか。5つの基本スキルを習得したら、次はぜひ、一連のセッションを組み立てることにチャレンジしてください。